講演

ガウディ:没後100周年とサグラダ・ファミリアの神学

2026年1月27日 YouTube

“ガウディは言葉で説教するのではなく、建築そのものによって、人々に思索を促す平面や立体を生み出す。”

— José Manuel Almuzara

カトリックの専門家ホセ・マヌエル・アルムザーラ氏は、アントニ・ガウディの生涯と業績を振り返り、彼の深い信仰と、逆境に対する摂理的な見方に焦点を当てる。サグラダ・ファミリアの建築的な秘密を、秘跡の象徴性から、間近に迫ったイエス・キリストの塔と聖母マリアの礼拝堂の献堂に至るまで分析する。

アントニ・ガウディ・コルネット(講演者は彼の名を「逆境に立ち向かい、楽しみ、清い心を持つ者」と解釈する)は、1852年に生まれ、1926年6月10日にバルセロナで亡くなった。2026年に迎える没後100周年を控え、フランシスコ教皇の訪問の可能性に大きな期待が寄せられている。ガウディは、病気や27歳での母と4人の兄弟の死など、多くの逆境に直面したが、それによって摂理を自己克服の要求として理解することができた。この人生観は彼の作品に反映されており、その偉大な師は常に自然であった。彼は幼少期から自然を観察し、熟考することで、その建築法則を発見した。

サグラダ・ファミリアは、彼の神学的建築の最大の代表例であり、長方形の回廊と中央のラテン十字の平面を中心に構成されている。東向きの「降誕のファサード」は、喜びと歓喜を表し、愛徳(中央)、信仰、希望に捧げられた三つの扉を持つ。この「希望の扉」には、イノセントの虐殺を避けるための聖家族の逃避を暗示する、ロバのマルガリータと兵士の彫刻などが配置されている。対照的に、「受難のファサード」は西向きであり、未完成の「栄光のファサード」は地中海に面した南側に配置される予定である。

“逆境とは、あなた自身にさらなる高みを要求させる摂理である。”

このバシリカは、その入口と身廊のデザインに深い象徴性を示している。降誕のファサードが三つの扉と三つの身廊を持つ一方、栄光のファサードの下部には七つの扉が設けられるが、身廊は五つしかない。この不均衡は、洗礼や告解といった、教会へのアクセスを可能にする秘跡の重要性を強調しており、これらが神殿と神の命への入口となる。待望のイエス・キリストの塔に加え、ガウディは後部に聖母マリアに捧げられた礼拝堂を計画しており、その献堂も2026年に予定されている。この礼拝堂は高さ10メートル×10メートル×30メートルで、内気な人々のための「裏口」として、聖母の仲介を通じて神へと立ち返る道を提供する。

ガウディの聖母マリアへの献身は生涯を通じて絶えることがなく、彼の母と故郷レウスの守護聖人である「慈悲の聖母」への信仰に影響を受けていた。この献身は、初期の作品である『パストレタ』の素描や、モンセラート修道院での仕事に現れている。彼はそこで後陣と聖母の控えの間を設計した。モンセラートで、ガウディはロザリオの道筋を再構築し、プッチ・イ・カダファルクによる「悲しみの第五玄義」(十字架上の死)を「栄光の第一玄義」(復活)に置き換える役割を担った。この復活の玄義はダイナミックであり、復活祭の日曜日に昇る太陽がそれに当たるように設計されており、イエス・キリストが道であり、真理であり、命であることを象徴している。

“もし、この記念碑的な壮大さをもって神のもとに立ち返る勇気がないとしても、誰も見ていない裏口から、聖母を通して神のもとに戻る道は常にある。”

ガウディの精神は、記念碑的な壮大さだけでなく、サン・ボイ・デ・リョブレガートの精神病院で示したように、他者への奉仕と慈善にも焦点を当てていた。そこで彼は、患者がパーク・グエルを思わせる要素を持つ池で作業できる「見えない庭」を設計し、病者への愛とルルドの聖母への献身を示した。彼の社会哲学は、誰もが才能(賜物)を持っており、それを実現することが最高の社会的完成であるという考えに要約される。批判する代わりに、私たちは自身の作品を浄化し、改善すべきである。これは、専門家が建築家の列福を推進する活動で提唱している原則である。