1894年の四旬節:ガウディを死の淵に追いやった断食
「この時期はガウディの生涯における偉大な瞬間、英雄的な瞬間である。恩寵が絶えず働き、詩人としての彼の魂を豊かにしていく」
1894年の四旬節、アントニ・ガウディは自らの信仰を危険な極限にまで推し進め、命を落としかねないほど厳格な断食を行いました。彼を救ったのはトラス・イ・バジェス司教の神学的な論法でした——神はサグラダ・ファミリアを完成させるために、彼が生きることを必要としている、と。
1894年は、アントニ・ガウディの霊的生涯における転換点です。当時すでにサグラダ・ファミリアの仕事に十年を捧げており、その信仰は周囲が心配するほどの深まりを見せていました。その年の四旬節、彼は初代教会のキリスト者や砂漠の聖人たちの苦行に倣い、極めて厳しい断食に踏み切ります。
ガウディの断食はあまりに厳格で、健康は急速に損なわれていきました。やつれた姿と増していく衰弱を目にした友人や協力者たちは、彼の命を案じます。その中に、ガウディの偉大な友であり、最も重要な霊的指導者の一人であったジュゼップ・トラス・イ・バジェス司教がいました。司教は、手遅れになる前に介入しなければならないと悟ります。
「神が彼に定めた計画は別のものだった。すなわち、身も心もサグラダ・ファミリアの聖堂に捧げることである」
司教は、神の御旨への深い従順を生きるガウディが拒み得ない論法に訴えました。神はあなたに別の計画を持っておられる。あなたの使命は苦行の中で死ぬことではなく、サグラダ・ファミリアの聖堂を完成させるために生きることだ。この神の計画は、いかなる個人的犠牲よりも重い——師の神学的な論理に得心したガウディは断食を和らげ、健康を取り戻しました。
この出来事は、ガウディの内的生活の激しさを物語ります。彼は生ぬるい、型どおりのカトリック信者ではなく、自らの命を賭してでも信仰を最後まで生き抜こうとする人でした。個人としての聖性の探求は、建築における美の探求と同じだけ本物であり、この二つの次元は彼という人間の中で分かちがたく結ばれていました。
「聖堂で働いて十年、彼はそこにすべての愛を注いでいる。恩寵が絶えず働き、その魂を豊かにしていく」
ガウディの弟子で伝記作者のイジドラ・プッチ・ボアダは、1894年を「ガウディの生涯における偉大な瞬間、英雄的な瞬間」と描写しました。神の恩寵が詩人としての彼の魂に働き、やがてサグラダ・ファミリアの降誕のファサードに結実する美のヴィジョンで満たしていったのです。1894年の断食は挫折ではなく、聖化への道のり、そして神に仕える建築の天才が成熟していく過程における、必要な一歩でした。